電池なしで光る名刺基板を作る(1)企画から発注まで
電池を持たず、スマホをかざすと LED が光る名刺を、電子回路の板(基板)で作っています。公開されている設計データを使い、JLCPCB(中国の基板メーカー)に部品のはんだ付け(実装)まで頼んだところ、発注したその日の夜に、工場の審査で生産が止まりました。企画から、生産が動き出すまでの記録です。
- 公開されている名刺基板の設計をもとに、デザインを差し替えて 30 枚を発注した
- 工場の審査で見つかった部品サイズの食い違いと、その後に出た追加費用の確認で、生産が 3 日止まった
- 費用は 30 枚で約 198 ドル(約 31,000 円)、1 枚あたり約 1,050 円。届いたら書き込みと動作確認をして、(2)で報告する

表

裏
発注した基板を、基板設計ソフト KiCad の 3D 表示で見たもの。実物の写真は(2)で載せます。
01なぜ基板から作るのか
「NFC 名刺」は、お金を払えば簡単に作れます。NFC(Suica やスマホ決済と同じ、かざして通信する仕組み)のタグが入ったカードを買い、スマホのアプリで自分のサイトの URL を書き込めば完成です。ただ、それでは技術の要素がありません。組込み(機械や装置に入る電子回路とプログラム)を仕事にしている自分の名刺なら、基板から作りたいと考えました。
とはいえ、ゼロから設計するつもりはありませんでした。公開されている設計を探して中身を読み、部品をそろえ直して、実際に作れるところまで持っていく。これは仕事でもよくある場面です(他社の図面をもとに作る、前任者の設計を引き継ぐ)。今回はその力を見せる題材にしました。
02元にした設計
元にしたのは、Wilson Harper さんが 2026 年 8 月に公開した WiHarper/nfc_card です。作者は KiCad の設計データと、マイコンのプログラム(ファームウェア)を一式公開していて、実物も動かしています。仕組みは次の 3 つです。
- スマホをかざすと、NFC のチップがスマホの電波から電気を受け取る。余った電気を外に出す端子がある
- その電気で小さなコンピュータ(マイコン)が動き出し、外周の赤い LED 20 個を順番に光らせる
- アンテナは、基板の銅の模様で描いた四角いコイル。部品としてのアンテナはない
技術メモ:部品と数値
| 部品 | 役割 |
|---|---|
| NFC チップ NXP NT3H2111 | NTAG I2C plus 1k。NFC で通信し、受け取った電力の余りを VOUT 端子から出す(エネルギーハーベスト) |
| マイコン ATtiny816 | 消費電力を抑えるため 1 MHz で動かす |
| LED | 赤 20 個を、マイコンのピン 5 本で切り替えて光らせる(チャーリープレクス)。黄 1 個は電源表示 |
| 電源まわり | データシートでは、VOUT につなぐコンデンサは 220nF までとされている。元の作者は、LED を光らせるための 10µF を、最初は 2.2kΩ の抵抗を通してゆっくり充電し、マイコンが動き出した約 0.3 秒後に MOSFET(電子スイッチ)で抵抗を迂回する工夫をしている。データシートの想定の外の使い方なので、この基板でうまく動くかは(2)で確かめる |
| アンテナ | 銅の外寸 84×53 mm、4 巻き、線幅 1 mm・間隔 0.5 mm。約 2.75µH で、チップ内蔵のコンデンサと組み合わせて NFC の周波数(13.56 MHz)付近に合わせてある。1.5pF のコンデンサ(C1)は微調整用 |
今回は、基板の製造と部品の実装までを頼みました。届いたあとで、マイコンのプログラムと NFC の URL を自分で書き込みます。この基板はまだ動作を確かめていません。
使う前に、ライセンス(使ってよい条件)も確認しました。改変して配ってよいライセンスですが、配るときの条件があります(09 章で書きます)。
03最初の迷い:日本の名刺サイズにするか
最初は、日本の名刺の大きさ(91×55 mm)にそろえるつもりで、外形を引き直し、アンテナの計算も始めていました。
ところが、元の設計の大きさ(85.45×54.08 mm)はクレジットカードとほぼ同じで、日本の名刺のほうが大きいのです。91 mm にすると財布のカード入れに入らなくなるので、元の大きさに戻しました。アンテナも部品の配置も、動作実績のある元の設計のまま使えるので、1 枚目としてはこれが一番安全です。
04シルク(表面の印刷)を作る
元の設計のシルクには、作者の名前・連絡先・QR コードが入っています。これを消して、ロゴ、URL、名前、QR コード、当社のキャラクター「ちょふまる」に差し替えました。裏面には、元の作者の設計であることの表記(出典)を入れています。元の設計の NFC マークと、アンテナの銅を見せるためにレジストを抜いた部分は残しました。表面処理を金めっき(ENIG)にしたので、金色の渦巻きが見えるはずです。
色は白いレジストに黒いシルクで、紙の名刺に近い見た目にしました。QR コードは、白黒が反転していると読めない読み取りアプリもあるので、普通の向き(暗いマス目を黒で刷る)で作りました。作った画像で読めることは確かめてあり、刷った実物で読めるかは(2)で確かめます。
文字は、KiCad の標準の一筆書きの文字ではなく、フォントの輪郭を使いました。ちょふまるは、元の小さな絵をそのまま使うと線がガタガタになるので、輪郭をなめらかに取り直しています。

KiCad 標準の一筆書きの文字

フォントの輪郭で描いた文字

技術メモ:シルクの作り方
- KiCad 7 以降は、パソコンのフォントを基板の文字にそのまま指定することもできる。今回はロゴや QR コードも含めてシルクをすべてスクリプトで置いていたので、文字もフォントの輪郭を多角形に変えて、同じスクリプトから置いた(日本語はヒラギノ角ゴシック、英語は Museo Sans)
- ちょふまるの元の絵は幅 200 ピクセルほど。8 倍に拡大してからぼかし、白黒に分けてから輪郭を取った
- JLCPCB の標準のシルクは、線の太さ 0.15 mm・文字の高さ 1.0 mm が下限。裏面の小さな文字の一番細い線は約 0.12 mm だったので、下限が 0.1 mm の「高精度シルク」(High-precision Printing)を選んだ。30 枚で約 18 ドルの追加
メールアドレスは、あえて刷っていません。名刺の写真をこうした記事や SNS に載せたいので、画像にメールアドレスが残るのを避けました。連絡先は、スマホをかざして開くページで渡します。
05JLCPCB に発注する
JLCPCB に実装まで頼むときは、ガーバー・BOM・CPL の 3 つをアップロードします。KiCad が出力したファイルはそのままでは読み込めなかったので、工場の書式に合わせて直しました。
技術メモ:JLCPCB 用のファイル
- BOM:「LED1-LED20」のような範囲の書き方を、カンマ区切りに展開した。列は
Comment, Designator, Footprint, LCSC Part # - CPL:列名を
Designator, Mid X, Mid Y, Layer, Rotationにそろえた - アンテナと書き込み用のパッドは部品ではないので、BOM と CPL の両方から外した
設定は次のとおりです。
- 30 枚、基板の厚さ 0.8 mm(部品の分だけ少し厚くなります)
- 白レジスト・黒シルク、表面処理は金めっき(ENIG)、高精度シルク
- 実装は「標準」(Standard PCBA)で表面のみ。捨て基板の切り離しもお願いする
実装には、安い「エコノミック実装」もあります。ただ、今回の「厚さ 0.8 mm・白・金めっき」の組み合わせでは選べませんでした。緑のレジストと、はんだのめっきに替えれば選べて、10 枚で比べると約 105 ドルが約 65 ドルに下がります(どちらも送料別)。それでも、名刺として見た目を優先しました。

2026 年 9 月 18 日の午後に発注しました。30 枚で、商品代 162.92 ドル、送料 9.82 ドルでした。
06工場の審査で止まった:LED の向きと部品サイズの食い違い
発注から約 5 時間後、実装の審査担当からメールが届きました。確認したいことが 2 つあり、回答するまで生産は止まる、という内容です。
その 1:LED の向き
赤い LED の向きが合っているかの確認でした。調べると、JLCPCB 側の部品データでは、同じメーカーの赤い LED と黄色い LED で「1 番ピンがどちらか」の流儀が逆になっていました(赤は 1 番ピンがプラス側、黄はマイナス側)。
部品データの表記はうのみにできないので、基板の配線を LED からマイコンのピンまでたどり、プログラムが「どのピンをプラスにして、どの LED を光らせるか」と突き合わせました。設計どおりの向きなら、光る場所が円周に沿って 1 つずつ進みます。これで、JLCPCB から届いた配置図の向きが正しいと確かめて回答しました。流儀が逆の黄色い LED の向きも、念のため確認してもらっています。
その 2:C1 が「パッドより大きい」
こちらは本物の間違いでした。アンテナ微調整用のコンデンサ(基板上での呼び名は C1)の場所は、0402 サイズ(1.0×0.5 mm)です。ところが部品表に書かれていた部品番号(JLCPCB の部品カタログの番号)C1639 は、ひと回り大きい 0603 サイズ(1.6×0.8 mm)の部品でした。そのまま載せると、はんだ付けがうまくいかない恐れがあります。
この食い違いは、元の設計の回路図からそのまま持ち越したものです。KiCad は、フットプリントと部品番号を別々の欄に書く仕組みで、両者のサイズが違っても警告しません。JLCPCB の部品照合の画面でも、今回は C1 に個別の警告は出ず、表の下に「選択した部品のパッケージをよくご確認ください」という一般的な注意があるだけでした。同じ行の説明には「0603」と出ていたのですが、見落としていました。

指摘を受けて、部品表の全 13 品目について、部品番号から調べた実際のパッケージとフットプリントのサイズをプログラムで照合し直しました。食い違いは C1 だけでした。
審査担当からは、「C1 を載せない」か「パッドに合う部品に替える」かを選ぶよう言われました。計算上は、C1 を付けなくてもアンテナの合わせ具合が 1.5% ほどずれる程度ですが、元の設計の調整を守るため、同じメーカー・同じシリーズで 0402 サイズの部品(カタログ番号 C1552、電気的な仕様は同じ)に替えると回答しました。差し替えの操作は次の章で書きます。
07治具費 25 ドルが後から加わった
部品の差し替えは、注文履歴の「Replace Parts」から自分で操作します。ところがこの画面を開くと、注文全体が今の料金で見積り直され、発注時にはなかった「PCB assembly fixture」が約 25 ドル(約 3,900 円)加わっていました。治具とは、薄い基板を実装の機械に通すときに支える台のことです。
工場は 9 月 25 日・27 日と、10 月 1 日からの連休で休みになるので、急いで問い合わせました。
- 9 月 20 日、最初の担当:「この注文に追加の支払いの記録はない」。専門の担当に回してもらう
- 9 月 21 日、専門の担当から:「この注文に治具費は付かないはず。システムの不具合かもしれない」
- 同じ日の夕方、生産を遅らせないよう、C1 を差し替えて追加分を支払う。ここで生産が動き出しました
- 9 月 22 日、最終回答:「治具費は必要」
担当者の説明では、発注したまさにその日(9 月 18 日)に工場の生産要件が更新され、治具が必要になる基板の厚さが「0.8 mm 以下」に変わったそうです。発注の時点では、新しい要件がまだ見積りに反映されていませんでした。部品を替えなくても、あとから加算されていたとのことです。
08かかった費用
| 内訳(30 枚) | 米ドル |
|---|---|
| 基板 | 58.06 |
| 部品の実装(部品代を含む) | 104.86 |
| 送料 | 9.82 |
| 追加(治具費など) | 25.63 |
| 合計(約 31,000 円) | 198.37 |
追加のうち 24.63 ドルが治具費で、残りの約 1 ドルは注文全体を見積り直したときに出た差です(C1 の部品代の差は数円)。
1 枚あたり約 1,050 円です。届いたときに消費税と通関の手数料がかかるので、確定額は(2)で書きます。枚数を増やすと 1 枚あたりは下がり、試算では 100 枚なら 600 円台です(部品代は 1 枚約 260 円で枚数に比例し、段取りなどの約 6,000 円は枚数によらないため。届いたときの税は別)。
09設計データを公開する
元の設計のライセンスは、基板が CERN-OHL-S v2、ファームウェアが GPL-3.0 です。どちらも改変して配ってよいライセンスですが、名刺を人に渡すのは「製品を渡す」ことにあたるので、条件があります。基板は、変更後の設計データを受け取る人に渡すか、その入手場所を知らせる必要があります。ファームウェアも、書き換えるかどうかにかかわらず、書き込んだ基板を配るなら、そのソースを入手できるようにしておく必要があります。
今回は、どちらも公開して、その場所を案内する方法にしました。変更後の設計データを GitHub(設計データやプログラムを公開する場所)で公開し、元の設計を引き継いだ形(フォーク)にして、変更点をまとめています:chofu-lab/nfc-card。書き込むファームウェアのソースも、ここに置きます。
基板の裏には元の設計の名前しか刷っていないので、名刺を受け取る人には、スマホをかざして開くページにこの公開場所へのリンクを置いて知らせます(名刺を配る前に対応します)。
公開の前には、自分での見直しに加えて、AI(Claude と Codex)にも設計データと説明文を突き合わせてもらい、説明の誤りをいくつか直しました。直した内容は、公開場所の変更履歴に残しています。
10公開設計で発注する前のチェックリスト
今回の経験から、他人の公開設計を JLCPCB で実装まで頼むときに確かめることをまとめました。
- ライセンスを読み、配るときの条件(設計データを渡すか入手場所を案内する、ファームウェアのソースを入手できるようにする)を確かめる
- 部品表の全部品で、部品番号から調べた実際のパッケージと、フットプリントのサイズをプログラムで照合する
- LED・ダイオード・IC の向きは、部品データの表記をうのみにせず、実装プレビューの向きを設計データの 1 番ピンやプラス側と 1 つずつ突き合わせる(マイコンで光らせる LED は、配線とプログラムからも確かめられる)
- シルクの一番細い線と一番小さい文字を測る(標準は 0.15 mm・1.0 mm、高精度は 0.1 mm・0.8 mm が下限)
- QR コードは、刷る色と白黒の向きを決めてから作り、画像で読み取れるか確かめる
- 厚さ 0.8 mm 以下で実装まで頼むなら、治具費を見込む
- 最後の見積り画面で、選んだオプション(捨て基板の切り離しなど)が入っているか確かめる
- 工場の休業日(中国の連休など)を確かめて、早めに発注する
11この経験が役立つご相談
今回やったことは、仕事の場面に置き換えると、次のようなご相談に役立ちます。
- 自社の装置や治具に、小さな電子回路を足したい。回路は分からないので、試作を丸ごと任せたい
- 前の担当者が残した設計や、公開されている設計を読み解いて、実際に作れる・直せるところまで持っていきたい
- 海外の基板メーカーに実装まで頼みたいが、データの準備や工場とのやり取りが不安
基板づくりや試作のご相談は、お問い合わせからどうぞ。
12次回
基板が届いたら、マイコンへの書き込み、NFC への URL の書き込み、実際に光るかどうか、スマホの機種による反応の違い、確定した費用を(2)で書きます。光り方のパターンを 9 種類に増やした話も、そこで紹介します。
続きは (2)届いた基板に書き込んで光らせるまで に書きました(2026-10-07)。
この基板は WiHarper/nfc_card(CERN-OHL-S v2 / GPL-3.0)をもとにしています。変更後の設計データは github.com/chofu-lab/nfc-card にあります。設計の作業には KiCad 10 と、AI の Claude Code を使いました。